おい、バナナを寄越せ。人間。

ハーメルン。小説投稿サイト 自作短編小説


第一話

ハッキリと自我が芽生えたのは、美人の飼育員にミルクを与えられた時であった。


まるで今まで絡まっていた糸が一挙に解けるように、夢中に吸引していた哺乳瓶から口を離し、驚くように目を見開いて、その後にげっぷした。


もういいの?と優しく微笑みかける飼育員。いや、できればあなたのミルクが飲みたいのです。と、抱き寄せた胸の辺りを、正確にはおよその乳首部分を必要に責めると、満腹なのかと判断した飼育員は、俺の体を保育器へと幽閉した。


声が思うように出せない。いくらこの黒けむくじゃらが人間との親和性99%だとしても、声帯がないのではどうしようもない。パクパクとマグロ女のように、白い紙オムツなのが余計に惨めさを激しく主張する。


こんなところに閉じ込めやがって。しかし非力なこの身では、誰からの助けなしには生きられない。その自覚を再度改めながら、目に見える範囲の情報を何度も回し読みするに飽きて、気がつけば眠ってしまうのだった。


数年後・・・・


ある動物園に、一際人間らしいチンパンジーがいるとSNSで話題となり、猿山の周囲には人だかりができていた。


なんでも、休日のソファーでテレビを見るオヤジのように涅槃図の体勢を取り、ケツの穴にたびたび指を突っ込んでは、クンクンと匂いを嗅ぐ仕草が大衆にウケたようだ。


合唱のように名前を呼ばれ、大衆を冷めた目で見つめる張本人は、面倒臭そうに挙手をする。


人間がして欲しい行動をするもんだから、一時期テレビの取材がそれは鬼のように押し寄せて、一時期は”人語を理解する猿”、”前世は人間”などとはやしたてられる。


経営者としては注目が集まるまたとないチャンス。CM・グッツ化を即座にゴリ押し、人生の絶頂期を迎えるのだった。


喧騒の絶えない円の中。そこに餌が入ったポリバケツを持った飼育員が現れる。


三重扉のそのまた向こう、重装備に身を纏った飼育員達が三人も集まると、一斉にたかり出す猿団子。大きな個体から餌に喰らいつく。


そんな生存競争のなかでも、日が程よく当たる場所に陣取るオッサンは動じない。自分が特別な存在なのだという自覚があるのなら、わざわざ危険地帯に分け隔って入る意味もないのだ。


先輩飼育員が気を引いている間に、いつものように挙動不審の新人が近寄って、売人のように餌を握られた。人気者だからって、特別食事が豪華になるわけではなく、今日は半分に割れたリンゴ。


文句はない。いくら訴えたところで、結局人だかりを増やして館長の懐をより潤わせるだけなのだから。これでも、毎日の生存競争に巻き込まれないだけでも十分特権だ。と、自分を納得させた。


質素だが召使いがいる生活、とここでの生活を総評する。そんな風なことを岩上の定位置で考えながらリンゴをかじると、背後から威嚇するような声が。


「オイてめぇ・・・・ボスの俺を差し置いて、なに順番も待たずに飯食ってんだ、あぁん!?」


そんな感じで吠えるボスザル。


こんな小さい世界の縄張り争いほど不毛なことはない。


もちろん猿山のトップに君臨すれば、コミュニティーの雌をはべらせ子孫を残すことが出来る。が、どうもチンパンジーのメスそのものに興味が湧かない。


もう遠い思い出へと成り果てた、美人お姉さんが裸でうろつかない限り欲情できない。


そんないかにも、メスにモテることなんて興味ありませんよなーな態度が余計にひんしゅくを買うのか、より強く自らの優位性をボスザルは吠える。


これは不味い。顔を向けると素早く距離をとり、犬歯を剥き出しにするボスザルを、煽った。


瞬間、弾け飛ぶように襲いかかってきたボスザルを背後に鬼ごっこをスタート。リンゴを口に咥えながら、猿山の上へ上へと逃げていく。


岩山を跳ね、木材を踏み込み、ロープがかけられた頂上付近にまで逃げる。縄を伝って離れの鉄塔へ、その背後には依然としてボスザルの姿が。


縄に捕まる無防備な状態を嫌ったのか、大きく一回、二回吠えて吐き捨てるような視線のあと背中を回した。それに被せるように今度はこっちから威嚇で返答してやる。


プライドを傷つけられたボスザルがこっちに向かってくるのには十分すぎる理由であった。頭に血が上って、ロープで隔った距離をみるみる縮めるボスザルへとどめの挑発。


片割れのリンゴをかじると、相手の顔面目掛けて赤い弾丸を投げた。迫りくる赤に、ボスザルは本能が働いて手を離してしまう。


落ちたボスザルと落ちたリンゴ。ボスザルを心配するよりも、リンゴに群がる猿たち。怪我こそしなかったが、恐怖心を抱いたボスザルは萎縮して自分のハーレムへと逃げ帰る。


その情けない後ろ姿を見届けて、鉄塔の猿は両手を叩いて雄叫びを上げるのだった。


数日後・・・・


いつものように、ほどよく日にあたる定位置でくつろいでいると、尻を真っ赤に染めたメスが視界の八割をジャックした。


ふりふりと淫欲を誘うその仕草に、大衆の音量が小さくなる。あれから、何度かボスザルとしての威厳のためと勝負を挑んで来た。


その都度その都度討ち取って、時には先端を鋭利に削られた種で追い返し。時に、どこから持ち出したのか棒、猿が振り回すから如意棒を地面に叩きつけて勝敗をつけ。全戦全勝の大立ち回りを演じて見せた。


この勝利はなにも、相手のハーレルを分取るなどといった野心にものではなく、どちらかというと平穏な生活を維持したいから仕方なくと言った消極的理由からであった。


それでも、より優秀なオスを求めるのがメスとしての本能。見切りをつけたボスザルの本妻が、今まで積み上げた経験から繰り出すテクニックで、この見るからなオッサン猿を靡かせようとここしばらく奮闘してする。


サルはハーとため息を吐き出し、自らの今後を案じるのであった。

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