おい、バナナ寄越せ。人間。 その4

ハーメルン。小説投稿サイト 自作短編小説

第4話

目的地は定まっていないが、行き場所はわかっている。


 厄介なのが、この辺りの土地勘がないことだ。


 長い間動物園の外へと出る機会がなかったので、今自分が一体どの県のどの場所にいるのかも皆目見当がつかない。


 有名どころではまずないマイナーな動物園だったので、まず今いる場所がどこで、行きたい場所までの距離を調べなければならない。


 こういう時、スマホがあれば地図機能を呼び出して便利だったんだが……。まぁあのお間抜けのスマホには、卑しくもパスワードがかかっていただろうし、コンクリートに打ちつけたから画面もボロッボロでみれたもんじゃないだろう。


 ここは一旦、アナログな地図を入手する方法を探さなければ。


 コンビニに地図売ってたかなぁと電柱からコンビニを伺い、騒がれるのが面倒なので他に売っていそうな場所を探す。


 どうせ脱走はもうバレていることだから、なるべく早く決着を付けないと足がついて捕獲されてしまう。


 ほとんどのシャッターが下りている中で、幸運にも一部だけシャッターが下りていない店舗を発見した。しかも、探して止まない地図がある可能性大の場所。


 俺は侵入する準備を整える。手頃な石を手に握りしめ、お目当ての店舗の裏路地に入り込み目を慣らした。防犯カメラと、防犯用の警報がなるだろうから、長居をすればするだけ身の危険が迫る。


 緊張の瞬間。闇に物陰が浮かぶようになって飛び出し、窓ガラスに石を投げつけた。


バリン


ファンファンファンファン


 強化ガラスじゃなくて助かった。


 さっさと店内へと駆け込んで、さっさとずらかろう。


 しかし、あまりの本の多さ、そしてなり続けるアラートとが冷静さを削いでいく。


 旅行だ旅行! 宙吊りの旅コーナーの札を目視確認すると、一目散に近付く。


 指を這うようにしてお目当てのものを見つけるが、これは本が大きすぎる。冊子サイズの小さいタイプをようやく見つけ、口に加えてトンズラだ。


 深夜だったためか、店の前にはまばらに人が佇んでおり、サルが飛び出してくると口々に皆サルだサルだと言葉を発した。


 さすがに目立ちすぎたか、だが目的は達した。まずは安全な場所を確保しないと。するすると電柱の駆け上がり、屋根伝いに離脱する。


 寂れた小さな公園を見つけると、ドッコイショと腰を下し、猿らしからぬ勤勉さで冊子を開いた。


 下唇をめくり、その汚い手で頭の天辺をポリポリ。索引から今まで世話になった動物園を見つけ出すと、不器用にページをめくって、大体の現在位置を把握できた。


 次は研究機関。それも金の出入りが激しいトップクラスの場所だ。索引に載ってなかったらどうしようとそんな不安は不要で、あらかたの方角に目星をつけるとすぐに立ち上がる。朝が明けないうちに、距離を稼いでおかなければ。一匹の猿が闇夜に消える。


 ──────

 ────────────

 ──────────────────────


「サルの脱走か……」


 量子物理学の権威として名高いこの男は、自分に当てがわれ、高価な機材が散在する研究スペースでコーヒーを啜った。


 研究チームでサルの知能指数を測ったときは、そのあまりに賢さにチンパンジーとしての可能性を感じ、どうにかして研究材料に出来ないかと金を積んだが、あまりにも有名になりすぎたためにその取引は失敗に終わった。


 どうせ脱走するのなら、うちの研究所に迷い込んできてくれないかと、そんな非現実的な考

えを巡らせる。


 何より、動物園からこの研究所まで、明確な意思を持たない限りたどり着くことはないだろう。それでももし姿を表したのならば、それはもう神のイタズラの領域だ。


 無残にも画面が割れたスマホとくくりつけられた補強済みのビニールテープ。……裏で誰か手を引いているとしか思えない手際の良さだ。コーヒーをすするながら思考の海に浸っていると。慌ただしくと戸口を叩く音で思考を一時停止させる。


「ハー。ブレイクタイムぐらい静かに出来ないのかね」



「きょ、教授大変です! さ、猿が、猿がぁ……」



「実験動物が逃げ出したのか? また自衛隊へ協力要請か」



「いえ、そうでは……なくてその。テレビのチンパンジーが正門に……」



「何を言ってるんだね君は」



 ブラインドを覗き込んで、変な半分冗談かと笑いながら目を凝らすと、サルがいた。今まさに世を騒がせているチンパンジーが、直立不動の体勢で何者かをまっていた。


 ──────

 ────────────

 ──────────────────────


 寝不足と空腹で頭がフラフラするが、交渉が成功するかしないかの瀬戸際、俺は人生で最大の交渉に身を置こうとしているだんだ。


 警備員が規制線を張りながら、その向こうに野次馬達が集まる。赤と黒の誘導灯を振り回しながら、危ないので下がってくださいと押し寄せる人を遠ざける。目的の人物が出てくるまで、その場を動いてはならない。動いてしまえば最後、警戒心と拒否反応を強めるだけなのだから。



「失礼、ちょっと通してくれ」



 規制線をくぐり抜け、いかにもな研究者の風貌をした初老の男が、危険も顧みずに近づいてきた。絶叫する警備員。それでも自分の身がかわいいのか、体を使って静止するそんな行動を取る気配はない。


 もっと高位の人間はいるだろうが、こうやって興味を持って近づいてくる変態はそうそういやしない。俺はこの男に全てをかける。



「君は……何をしにここにきたのかな?」



 興味津々と目が爛々と輝いているのが見える。言葉の類は交わせない。ならここは、全世界共通のジェスチャーで態度を示そう。偉そうに組んでいた手をほどき、手を差し出す。



「……」



 サルの手を凝視して十秒、二十秒と時は流れ、手も疲れてきた三十秒ごろに男は動き出した。チンパンジーと人間の握手が交わされる。皆一様にスマホを取り出して、その光景を撮影するのだ。



 一年後……



 それから俺は、この研究所に保護される形となった。人間であることを示すために、あらゆる知能テストに全力を持って挑み、その全てで、チンパンジーとしての異常値を叩き出した。


 俺がなにかするたびに、大袈裟に喜び、歓喜し、涙を流しながらその結果を貪る研究員達。生活は続々と更新される形で改善され、今や立派な住居ももらえた。チンパンジーである俺よりも、みすぼらしいところに住んでいる人間は大勢いるんじゃないか? 


 紙に欲しいものを書けば翌日には願いが叶い。安全な住居、黙ってても出てくるうまい飯、面倒なサル付き合いもない。テレビを眺めながら一日を無駄にしても誰も咎めない、まさに理想の生活だろう。


 特製のブレンドジュースが注がれたワイングラス。そこにストローを差しこみ、ついばむように口をつけると、チューっと液体を喉に流し込む。上等なソファーにその身を沈め、指先を舐めながら今週のジャンプを楽しむ。



 チュピチュピ、ピロロロロォ。



 鳥の鳴き声に似せられた電子音が響き、お気に入りの研究員(巨乳の女性)に抱き抱えられながら、今日も乱雑で整理がなされていない実験室へと向かう。


 だが、いつもの使っている小部屋を通り過ぎた。今日はまた違う実験をするんだろうか? そんな思いで抱きかかえた研究員を見てみるが、彼女は一向に目を合わせてくれない。


 胸の谷間を覗き込んだり、胸を必要にまさぐっていたから、もしかしなくても嫌われてしまったのかもしれない。ちょっとだけショックだ。


 謝罪の意味を示す、低い唸り声を出して白衣を揺さぶる。それでも彼女は、俺を抱く腕をキュッと強めるばかりで、決して目を合わせようとはしなかった。


 一際頑丈な扉の前で彼女はカードキーを出し、機械にスライドさせた。


プシュー


 気の抜けるような開閉音。物々しい空気。そこで待っていた職員の誰もが、入室してきたサルをも見つめる。そして、禍々しい、建造物。左右対称的でありながら、そのデザイン性は無駄を極限まで省いたシロモノ。研究所の無機物代表といっても過言ではない。


 俺の意思に反して近づくその機械。一つの足音だけがこの空間で生存を許された。左右に取り付けられたカプセルの口が開く。俺はなんだか嫌な予感を漠然と感じ取り、職員の手首を噛もうとして……。体が……動かない。さっきまでは大丈夫だったのに。さっきの、ジュースなの、か。



「これより実験を開始する」



 一斉に慌て出す視界。うまく手に力が入らない、目だけは職員の彼女を見て、自分のできる必死で訴えかける。そんな訴えはついに届かず、カプセルはつつがなく開閉を終えた。音を失った世界。狭い折の中。動かせるのは脳味噌と、目玉だけ。暗がりから見える白衣が、一点にこちらを見つめている。その事実に、ただ恐怖した。


 ──────

 ────────────

 ──────────────────────


「サルの脳活動領域は?」



「ダメです。やはり記憶の再現までには至りませんでした」



「うーむ。やはり正確無比なコピーだけでは限界があるか。情報を電気信号に置き換えて脳に流し込む……。新しい課題がでてきたな」



「これで量子物理の世界に革命が巻き起こりますね! 教授!」



「ははは、まだ気が早いよ。しかし貴重なデータは取れた、人間を量子テレポートさせるなど、社会がゆるさないだろうからな。人間並の知能を持ったサルならば人体実験には抵触しない」



「この検体はどうしますか?」



「解剖に回せ、もはやサルの中に自我は存在していない。頭からつま先まで人類の役に立ってもらおう」



「わかりました」



 光を失ったサルの目は、二人の会話を虚げに見ていた。

コメント

タイトルとURLをコピーしました