おい、バナナ寄越せ。人間。 その3

ハーメルン。小説投稿サイト 自作短編小説

第二話

さてはてしかし、この青空の見える監獄から、どうやって逃げようかな……。


 今日はいつもの定位置で日向ぼっこではなく、今一度猿山全体を観察してみることにした。すると、脱出の糸口になるような穴を見つけた。


 配管工なのかなんなのかは不明だが、地面すれすれにポッカリ穴が開いていて、そこからポリエステル製の管が、中はずうっと暗闇が続いている。


 体を小さくすれば入れなくもないサイズ、しかし問題もあった。これが一体どこにつながっているのか不明ということと、なによりも侵入を阻むように鉄柵が設けられているのだ。


 手で掴んで揺すってみても、噛んでみてもびくともしない。出口をガッチリディフェンスするこいつをなんとかしないと。


 そういえば、犬が電灯に小便したのがきっかけで、折れて危険だとかなんだとかそんなことがあったような。


 ……。


 とりあえず今後のトイレはここでするか。四隅を固められてるから相当苦労するとは思うが、今一番希望がもてるのはここだけだし、やるっきゃないか。


 そうして一様の収穫はあったのものの、あくまでも宝くじを買うような確率と割り切って、他の方法を模索することにした。


 根本的な問題は選択肢のなさ、特に物がないことが始まる。内部の物資が足りていない以上、ここは外部から取り入れるしかない。


 そんなわけで俺は、間抜けな飼育員に媚びへつらいながら、隙を見つけては私物を奪い取ろうと画策する。


 値段の高いものだと大ごとになりそうなので、安いボールペンなんかを積極的に狙っていき、戦利品は見つからないような用水路の溝へと隠した。


 朝起きて、一番濃ゆいおしっこを鉄柵へ。その後は積極的に飼育員と絡みにいってその信頼を積み上げ、時には飼育員のご好意で扉の一部を超えたり。


 そんな生活をここ三年あたりしていた時に、事件は起こる。


 錆びて脆くなりつつなる鉄柵に気づかれたのである。もしもチンパンジーの小さい子供が好奇心ではいらないようにと、ピンクのビニールテープで柵の間が塞がれ、近いうちに業者がきて修繕をするらしいとの情報を得る。


 これで、今にも漏れそうな股間を押さえて、大急ぎで鉄柵に向かった努力が水の泡だ。せっかくここまで積み上げたものが、一挙にパーになった。


 悔しさでビニールテープに八つ当たりしようとした瞬間、唐突に理性が俺の体を止めた。ビニールテープを使って、どうにかして猿山の壁を越えられないか、と。


 あぐらをかいて一休さんばりの集中力で打開策を探る……。


 自慢の鋭い犬歯で、ぐるぐると幾重にも巻かれたビニールテープを切り裂くと、細長くて非力な紐が手に入った。


 その先端にボールペンをくくりつけ、対岸に植えられた木にどうにかひっかけられないかと、夜中人間たちが寝静まった頃にそれはもう狂ったように投げ続けた。


 いちるの望みにかけて、何かチャンスが起きるはずだと、自分の豪運に必死にすがる。


 だが結果は散々。そもそも安物のボールペンなんぞに耐久性を求める方がおかしくて、何度も何度も打ち付けるたびに、小さくなって戻ってくる。


 仮に運良く木に絡まったとしても、貧弱なビニールテープ一本では、猿の体重を壁の向こうへ引っ張り上げることなんてできるはずがない。序盤でテープが切れてくれれば怪我はないが、途中でプッツリ切れる方が危なすぎる。


 二つの課題を前にして、チンパンジーは一人うなだれ、雨が降り頻る動物園に立ち尽くした。


 ……サル如きに知能なら、ここで諦めていただろう。


 そう、俺は人間なんだ。そこいらのチンパンジーと一緒にされては困る。人間がもつ力。見えない何かに向かって直向きに歩を進める、努力する力。


 ジャンプは俺の愛読書だった。友情は周囲に猿しかいないからあれだが、努力と勝利は猿の体でも実現できる。シャーペンで強度と重さが足りないのなら、飼育員からもっと重くて丈夫なものをパクってくればいい。


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 間抜けな人間の飼育員の一人、規則も無視して管理室に入れた飼育員のスマホを奪う。


 しかし、隠す場所がない。ポケットの類なんでチンパンジーが持ってるはずもないし、かといってこのまま手に持っていると確実にバレて取り上げられる。


 究極の選択だった。口に隠すことを考えたが、俺はケツ筋を使って隠す方法を選択した。かがむとお尻の間に挟めないので、二足歩行で細心の注意を払いながら監視の目を掻い潜った。


 いつものおちゃらけるような態度が効いたのか、あの間抜けは呑気に笑っていた。奴のスマホとは相性が良かったのか、色が黒だったので隠蔽効果で目立たなかったのだろう。


 ジャンプの名言を頭の中で叫びながら、勝利の雄叫びを上げようとして口を押さえる。まだ問題の全てが片付いたわけではない。


 この雄叫びは、脱出に成功した時に取っておこうと、冷静さを取り戻す。


 ビニール紐の問題は比較的簡単だった。


 強度が足りないのなら、自分で編んで強度を増せばいいのだ。閉鎖されたビニール紐を丁寧に回収し、二つを編み込んでロープにすると強度的問題が浮上したので、とりあえず三つで作ってみることに。端を結び、相変わらず誘ってくる雌猿に縛った端っこを持たせて、交互に編んでいく。


 退屈からか、途中で何度も仕事を放棄するメスに感情を爆発させながら、なんとか完成に漕ぎ着けた。


 ……途中でセッ○スに持ち込んで従順にしたのは、今後残る一生ものの黒歴史だろう。


 まぁ紆余曲折ありながらも、脱出の道具が出揃ったわけで、今夜ついに決行を決意する。お手製のビニールテープを編んだロープの先端にスマホをくくりつけ、猿山の頂上から一番手近な木、耐久性がありそうな木の枝に向けてカウボーイさながらの縄さばきを見せる。


 深夜の動物園。警備員の見回りもあるので、チャンスは少ない。一投目、スマホの画面が割れる音が周囲にこだまする。コンクリートに勢いよく叩きつけられたスマホは、ずるずると引くずられながら、再びの二投目を待つ。


 二投目、今度は柵に当たり、周囲に乾いた音を届けた。これで完全にスマホは永眠しただろう。

 三投目、運命に導かれるように一つの木の枝に吸い込まれたスマホは、そのままグルグルと枝に絡みつく。


 成功だ!! 想定よりも枝が細いような気がするが、引っ張って安全かどうかの最終確認をし、流行る気持ちを押さえながら反り立った壁の下へと駆けていった。


 緊張の瞬間だ。今までの苦労が、ついに実る瞬間。ロープを両手で掴む。手作りゆえに、不格好を極めたような代物だが、それでも愛着があるからか手によく馴染む。


 迷いを捨て、成功することだけを信じて登り出す。


 壁に足をつき、手の力だけで順調に登っていく。


 順調に距離を稼ぎ、あと半分を切ったところで、嫌なイメージ。


 芥川龍之介の蜘蛛の糸を想像してしまうが、さっきまでいた下界を見下ろして落ち着きを取り戻す。そっからはもう早かった。


 あっという間に上り切り、雄叫びを上げようとしたのも束の間。ライトの光が駆け足で向かってくるのが見える。警備員に気づかれたのだ。そう理解すれば、目的地も定まらないまま走り出す。


 園内の構造は、客が落としたパンフレットから確認済み。園外との距離が近い柵を最短距離で目指す。


 後ろから追いかけてくる声。これは明日の朝刊が楽しみだなと興奮しながら、柵の近くに生えている電灯を伝って動物園から脱出した。

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