どうして創作上の狂気は薄っぺらいんだ?

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テレビ、漫画、小説なんでもいいです。
最近見たり聞いたり読んだりものの中で、タイトルのようなことを感じたからこの記事を開いた。

そうでしょう?

今回はそんな疑問に、持論を展開しながら考察していきたいと思います。


1.ポッと出の「おかしい人」


違和感の正体。
それは、突然”頭のおかしい人”がポップアップしたように感じるから。

人間とは年数と共に、常に変化する生き物。

木々が年輪を重ねるように、また人間も経験を重ねていく中で人格が形成されます。

それなのに、ペラッペラの紙に望んだ役割を描いたような、降って湧いたような狂人に違和感を抱かないはずがありません。


2.人は望んでおかしくなれない


狂気の裏には必ず理由があります。

このバックボーンを丁寧に仕上げれば仕上げるだけ、キャラクターは創作上の『生きたキャラクター』へと昇華することが出来る。
ようは出口を狂気への扉ただ一つにして、壁で押しつぶすようにその場所へ誘導してやればいい。

他の逃げ道が少しばかりでも見えてしまえば、それだけ狂気に身を委ねる理由が薄まってしまいます。
どうしても、どう考えてもその道しか考えられないと読者に納得させることで、狂気にもリアリティーを感じることが出来る。


3.おかしさの中にも人間味を


狂人とは人である。
この事実を抑えていないと、人間ではなく理解できない何かに成り下がってしまいます。

ぶっ飛びすぎるのはキャラ付け的にはいいんでしょうが、あまりに人間とかけ離れていると、理解への扉を硬く閉ざす結果となる。
人間に必要な三大欲求に始まり特に感情の部分、それも心の弱いところを見せるとより一層人間味がググッとアップします。

ただの”頭のおかしい人”では、受け取る側には理解できない何か、そんな評価で片付けられてしまうのです。


まとめ


創作上の狂気を薄っぺらく感じる理由とは、ただの頭のおかしい人を書くから。

人間は理解できないと恐怖を抱いたり考えることをやめてしまうので、狂気に至るまでの人生や経験をしっかり相手に伝え、人間味をあえて残すことで親近感を抱かせて理解する余地があった方がいい。

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