【モノカキのための】優しさってなに?身勝手という一解釈【創作哲学】

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やぁ、こんにちは。おおきなかぎだよ

 

今回は、優しい人は自分勝手?そんな小説に活用できる”優しさ”についてお話しするね

 

身勝手という一解釈

 

世界では、たくさんの援助が行われているよ

 

中でもアフリカには資金援助・インフラ整備・技術支援と、手厚い援助が各国から集まっているね

 

困った人を手助けしようとするその姿勢は、とっても優しくていいことだ

 

小説内でも、困った人を助けようと奔走する優しい人物が登場するよ

 

だけどこの優しさって、一体どこから出てくるものなのかな?

 

そんな時は、この言葉を思い出して?

 

スバリ!「優しさとは身勝手」という考え方だよ

 

なぜ優しさ=身勝手なの?

余裕

 

理由は大きく分けて三つ

 

一つ目は、『余裕』だよ

 

アフリカの資金援助を例に説明していくね

 

アフリカに優しくできるのは、優しくする方に余裕があるからというお話しだよ

 

アフリカは先進国から、多額の援助を受けているよ

 

けれどもそれは、先進国の”余裕”ありきの行動と言えるね

 

もしも先進国の”余裕”がなくなってしまった場合。アフリカへの資金援助という優しさは中断されてしまうんだ

 

なぜなら、自国のことで手一杯の時に、他国に優しくする余裕なんてないからだね

 

人に優しくできる人は、とっても立派でスゴイ人だ

 

だけど、相手が本当に助けて欲しい時に優しくできるかは、その時の余裕次第ってことだね

 

優越

 

二つ目は、『優越』だよ

 

アフリカへの優しさは、支援側の優越が前提にあるというお話しだよ

 

アフリカへの援助は、先進国から発展途上国という図式の上に成り立っているよ

 

援助という優しさは、力の強い方が力の弱い方を助けて初めて成立することなんだ

 

これがもし逆の場合。力の弱い方が力の強い方を助けちゃうと、それは優しさではなく脅迫や搾取になってしまうね

 

人の立場や視点によって、優しさは身勝手な変換をされてしまうよ

 

自分が優しいと思って行動したことは、誰かにとってはぜんぜん優しくない行動に見えてしまうんだね

 

罪悪感

 

三つ目は、『罪悪感』だよ

 

アフリカへの優しさは、罪悪感を取り去りたいからというお話しだよ

 

アフリカへの多額の援助は、長年に渡ってつづいているよ

 

だけど、金額ほどの成果が出ているかと言われれば微妙なところだ

 

それなのに、先進国はアフリカへ優しくするのをやめないね

 

どうして先進国はアフリカへ優しくするのを止めないのかな?

 

それは、アフリカに優しくしないと、モヤモヤしてしまうのが原因だよ

 

困っている人がいるのに助けないと、”なんだか悪いな”とか”申し訳ないな”みたいな気持ちになって落ち込んじゃうんだね

 

だからそんなモヤモヤした気持ちを解消するために、先進国はアフリカへ優しくするんだよ

 

優しくするのはアフリカのためじゃなくて、自分のためってことなんだね

 

紛争や貧困で、アフリカがとっても困っていることは確かなことだ

 

だけど、先進国が優しさという身勝手を押し付けている間は、アフリカから紛争や貧困はなくならないってことだね

 

とまぁ、こうした理由で優しさとは身勝手なわけなのです

 

最後まで見てくれてありがとう。ばいば~い!

 

参考

 

アフリカが発展しない3つの理由【超わかりやすく解説】

 

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