苦節五年
ようやく構想を形にできたよーというお話し
話は五年前に遡ります
私はnoteにいじめに関する記事を投稿しました
気取っていて、茶化していて、全く伸びていないという私の黒歴史です
それがこの小説の原型になりました
全てはこの構想を形にするべくキャラを作り、場面を作り、展開を考えてきたつもりす。・・・・最初からいらない邪念が入っていて見るに堪えない出来ですが
思い入れがあるからここまでつづけられて、思い入れがあるから努力できて、思い入れがあるから悔しい思いもあります。でもいま一番はっきりと言えることは、この作品を、小説を書いて良かったなってところです
私は不器用なんで、他の方よりも色々と劣っているところはありますが。そんな私でも、この小説を通してたくさんの学びを得た
もう自分の中にある全部放出する感じで、この小説書いて思い残すことはもうない!そんな心境で、この小説を最後にモノカキから足を洗う覚悟でした
でも、書き進めているうちに新しく自分を整理して、新しく知識を身につけて、新しく書いてみたい生まれていく中で。まだまだ小説への未練が残っていることを理解して
あぁ、私ってもっと小説書きたいんだとようやく飲み込むことができた気がします

昇段しそう
将棋の調子がいいよーというお話し
三切れ二段を目指していた私。嬉野流に切り替えてから昇段ライン100%目前の95.2%までくることができました。けど、昇段は目指しはするけど望みはしません。昇段って、自然とそうなるものだから
以前初段への昇段をかけた戦いの際、私は幾度となく”昇段させてくれ!”と祈っていました。でも、そんなことしちゃダメです。心がすり減っていきます。それが疲れるのなんのって
チャンスをものにできないこの情けなさ?自分ってなんてダメなやつなんだろうって考え出したら、大好きなはずの将棋から心が離れていった経験があるから断言できます
祈りは実力の外にあるものです。そんなものに縋るくらいなら、少しでも将棋の勉強をいて地力をつけたほうが何倍も有意義です
将棋という、全責任が自分にあるゲームするからには、勝利に祈りを捧げてはいけない。少なくとも私は、祈りを捧げることをやめました
今回三切れ二段に昇段できなくても、私は悲しみません。私にはその実力がなかったというだけの話なのですから。・・・・でも将棋の勉強って大変なのよね。祈りたく気持ちも正直わかる
将棋は総合力が問われるゲームだから、好きな勉強とか楽な勉強ばかりしていると総合力に偏りが出てくる。だからバランスよく勉強しないといけないんだけど、どうしても苦手で面倒な勉強に手が伸びない
ここら辺も満遍なく鍛えられたら三段への道が開けるのかな?わからない。なってみないことにはわからないけど。もし昇段できなかったとしたら、もう一度積み上げていこうと思います
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